W4BPD, Gus M. Browning の手記 ・ DXpedition物語 (その26)   アマチュア目次へ戻る
第12章 (4) モナコでの電圧トラブル    

 ウオーミングアップ練習のようなものと、私が途中であることを仲間に知らせるためにヨーロッパをほ
んの少し回ったあとで私は数日モナコから運用しました。私は、モナコの「La Seicle」ホテルへ行きまし
た。いつものように、DXpeditionersのためにあるような部屋、ルーム40にチェックインしました。大
急ぎでアンテナを上げ、DXpeditionは公式に始まりました!

 今回は、少し良く準備できました、KWM-2と外部VFOの代わりに、私はベアフットですが”Sライン”
を持参しました。いつものように、まさに最初の日の午前2時頃、電源部PM-2の中のフィルタコンデン
サが高いAC電圧のために爆発しました。しかし今回、私は600Vのフィルタコンデンサを幾つか持参し
ていました。電源部の450Vのそれらの代わりに使った後、全部の旅行の残りのあいだ私のフィルタコン
デンサのトラブルはなくなりました。

 もし、あなたがPM-2電源を使おうとしているなら、使い始める前に600Vのフィルタに置き換えるこ
とを私は強く勧めます、そしてそれがスタートする前に頭を悩ます問題を免れます。また、PM-2の電源
トランスがひどく熱くなることが判りました、そしてPM-2電源部のまわり中に非常に多くの穴を開け、
それを冷やすために適当なファンを持参することを更に勧めます。

 皆が、それらのトランスはひどく熱くなると言います、しかし、火傷しない程度で、その上に手をおい
ても大丈夫なほどの冷たいのは私は好きです。終段真空管の周囲の同じファンからの少しの風は、いずれ
にしても、まさにどのような問題も生じないでしょう。私は、真空管からの熱がそれらを熱くすることは
あまりひどくは心配しません、なぜなら、私は、熱が何らかの他の部品に損傷を与えることを心配します。

 私は、現在市場にある殆どのハム用送信機は、それらが、もし毎日数時間ほど使われているならFBだ
と思います。しかし、一日に18から20時間使われ、特にもし電源電圧が少し高く、そして周波数が、私
たちが米国で使っているような60サイクルでなく50サイクルなら、私は大丈夫だとは思いません。

 一般に、至るところ、それは実際に50サイクルです。もし、少し余分な重量でもあなたの旅行の費用
が大丈夫なら、パワースタット(注)を持参することを強く勧めます、それは240Vと120Vの両方で動
作し電圧計を内蔵して容易に電圧を調整するノブがあります。

・目的地、セイシェル島

 装置を120Vで運用させます、しかし、パワースタットを使いなさい、そうすれば、半田鏝を使わない
で120Vから240Vに簡単に変更できます。あなたの小型半田鏝は120Vでしょうから、パワースタット
を用いることであなたはいつでも120Vを使えます。

 海外では3種類用プラグを見つけることはできません、私たちがここで使っているタイプと違います、
従ってそれらの幾つかを持参しなさい。あなたは、電源との接続を除いて、それらを全てのコネクターに
使うことができます。これら海外のプラグは、あらゆる大きさと形があります、それらの全てに合うユニ
バーサルプラグを持参することは実際には不可能です。もっとも、普通、海外で簡単に買うことができま
す。

 私は、パワースタット用のコードのうちの一組の一端はワニ口クリップで終わっているべきだと判りま
した。これらのクリップは殆ど全てのどれにでも合わせることができます。スペアパーツの大きな箱でオ
ーバーロードにならないで下さい、なぜなら、たとえそうしても、本当に深刻なリグのトラブルになった
場合に、10回のうち9回は、必要とするものをあなたはまだ持っていないでしょう。

 モナコでの運用は大成功でした、そして、私がDXpeditionの途中であると誰も判りました。私がセイ
シェルへの途中であるとVQ9HBに知らせること、そして、私がそこに到着したとき、出発するために船
を整えるため、船を持っている人を待つために、彼Harvey BrainとFBな QSOができました。

 私は、モナコからボンベイの間で何カ所か泊まりました。私はカイロ、ベイルート、アデンそのほかの
幾つかで旧友に会いました。遂に、S.S.KampakaがVQ9へ出発する数日前にボンベイに着きました、
VQ9へ行く通常の方法はケニアのモンバサ経由です。それは、ボンベイからよりは少し安いです。

 私は、6ヶ月前に、それらのうちの一つの船を予約しようとしました、しかし、全ての予約が1年以上
も前から一杯ですと知らされました。アフリカに住んでいるあらゆるVU2の人達がVU2へ戻る片道旅行
でした。明らかに、彼らは、もうアフリカではへまをしたくないと彼らの母国に戻る予定だったと思いま
す。

 ボンベイからセイシェルへの通行は簡単に準備されました。実際、船はおよそ半分しか乗っていないよ
うでした。私がアイドルワイルド空港を出発した日に、私たちは、ボンベイへVQ9に向けて積み替える
ため沢山の荷物を航空貨物で出荷しました。

(注)パワースタット: (Powerstat) スライダックのことで、米国ではこの商品名が良く知られているようです。
062M112506      2006.11.26
第12章 (5) 発電機を見つけた      

 私たちがVQ9に向かうS.S.Kampalaに一緒に積むため、アイドルワイルド゙空港で、私の出発した日
に沢山の荷物を航空貨物でボンベイへ出荷しました。出帆する数日前に、私がボンベイに着いたのは幸い
でした、なぜなら、空港事務所には、荷物は全く何もなかったのです。私はボンベイに着くのがおよそ12
日遅れました、そして、私はセイシェルに出発する日のおよそ4日前に着きました。

 航空貨物の到着の遅れなどへのこのような余裕があってさえ、ボンベイには全く何も着いていませんで
した。私の発電機とそのほかの材料が船に積んであるのを見なければ、私は、その船で出発できなかった
でしょう。少なくとも私がアルダブラで使おうとしていた発電機なしには、島に着いても全く意味がなか
ったでしょう。

 発送した航空貨物の有り場所を探すために、最終的に沢山のDXへの電話が必要でした。どういう訳か、
それはカラチで下ろされて、そして何かわからない理由でただそこに置かれていました。私のこれまでの
航空貨物の発送についてのいずれの経験も、本当にいつもこのようでした。セイシェルに出帆する1日前
に荷物はボンベイに着きました、そしてその日は公休日の最中の日でした。さて、税関が閉まっている彼
らの休日にインドの税関から何かを引き取ろうと試みます。

 それが船に積まれ、そして、それはインドで止まらないで発送されることを確信するために、私は、税
関の担当者に、余分の支払いをしなければなりません。彼らインドの税関の人達をだませません。彼らは、
どのような時でも、いつでも、誰も信用しません。
 
 このインチキな仕事にはかなり沢山の余分なルピーがかかります、そして私は結局、DXへの電話代も
付け加えてこの全てを支払ったのでした。これらの予期しない費用は、あなたの紙入れに大きな穴を開け
るでしょう。
 
 そのような費用の、正確な記述をしようとするのは本当に頭痛の種です、そして支出の記録をしようと
する際にかなり沢山のお金を付け落としたと私は思います。そして、使ったルピーとドルとの記録をする
のにもよけいな問題を抱えます。移動する時にはいつもバクシーシ(チップ)がかかります。あなたから
最後のルピーを取ることにかけては、彼らは本当にプロフェッショナルです。
 
 ボンベイで、Dady-VU2MD、Tipi-VU2TP、VU2RX、VU2CQに会えて私はラッキーでした、彼らは、
私が行きたいところどこへでも、いつでも全て移動に関して非常に良くしてくれました。彼らは人達との
対応に全ての近道を知っていました、さもなければ、もっと沢山の費用をついやす結果を迎えたと思いま
す。

・ 膨大なインドの人口

 VU2の仲間は私に対してとても素晴らしく、そして丁重にもてなすことを知っていました。あとで、私
は、インドのアマチュアは皆同じであることが判りました。彼らは、仲間のアマチュアのためにはありっ
たけのことをするでしょう。
 
 ボンベイに僅か数日間滞在するだけでさえ、私は、“インドの大衆”の表現がどこから来たかを、容易に
知ることができました。ボンベイの通りで見える人達の数を、あなたは想像することはできないでしょう、
あとで、私は、カルカッタはボンベイと似ていると知りました、見えるおよそ3倍だけの、そして、道路
にものすごい数の人達がいることについてあなたは何か考えが浮かぶでしょう。

 私は、路上の乞食へどのようなルピーもあげられないことをすぐ知りました、なぜなら、あなたがまば
たきする前に彼ら100人もが来ます。少なくとも私にとって最良の方法は、乞食が近づいて来たとき、た
だまっすぐ見て、そして彼らを見たりきいても彼らを知らないようにすることでした。彼らに寄付するの
を止めるのは非常に難しいことでした。それは、まるで、僅かの楊子で、スクリーンワイヤで作られた堤
防に栓をしようとするようなものです。あなたができる小さな援助は、あなたを苦しめないほうが良いほ
どとてもささいなことです。少なくとも、私にとってそれがどう見えたかです。
 
 もし、あなたがレストランでサービスを希望するならインドレストランに行って下さい:普通は、テー
ブルの数より多くの使用人が居ます。あなたが帰るときには、全員があなたを待っているように思われま
す。それは、全員がチップを待っているのをあなたが判ると言うことを意味します。
 
 ボンベイのエアーラインホテルは、そこに居るとき滞在するにはかなり素晴らしいところです。料金も
適当でサービスも良いです。
 
 ボンベイを出発する日が来ました、そしていつものように船へのラッシュがありました。税関はクリア
され、全ての支払いが行われ、そして、VU2の仲間と握手をしました:碇が上がり、そして私たちはセイ
シェルへ向かいました。
 
 その当時の料金は、ボンベイからセイシェルまでの片道がおよそ120ドルでした。それはツーリストク
ラスでした。船室は非常に清潔でサービスも良かったです。
 
 私は、ザンジバルからの家族と一緒の人に会いました、彼は親戚に会うためにパキスタンに戻っていた
のでした。彼は、ザンジバルに持っていく新品の車、マーキュリーを船に積んでいました。
 
063M113006   2006.12.2
第12章 (6) ボンベイからセイシェルへの船旅     

 
 私はザンジバルに戻るかもしれないと彼に言いました、すると彼は、私がザンジバルに着いたときには、
彼の家を私の家のように使うようにと主張しました。彼は象牙の仕事をしていました、そして、彼と彼の
家族を見て、彼は仕事で非常に成功していました。私は、彼の住所と電話番号を私の小さな手帳に今でも
持っています。しかし、過去数年間にザンジバルで起きた全てのことを読んで以来、彼はもうそこには居
ないと思います。
 
 多分、私がそれについて読んだ他の人達の何人かのような運命から逃げた彼は幸運でした。私は、しば
しば、彼とその素晴らしい家族について心配している私自身に気づきます。もし、誰か米国人がその国に
運用するために戻ったら、私は大変に驚くでしょう。すなわち、もし、その時、そうだろうと思われること以
上に、彼らの国の姿勢の中に多くの大きな変化が起きるのでなければ。
 
 数年前、私がザンジバルに居たときはものごとは大変平和で静かでした、皆が素晴らしい仕事をしてい
たように思えました。私に特別な理由が少しもなかったとしても、多分いつか私はそこへいく別なチャンス
を得るつもりです。

 言っておきますが、大きな船で遠洋航海を全くしたことのないあなた方は、この世界でもっとも楽しい
ものの幾つかを失いました。それらの船の食事は天下一品でした。全ての食事で、3種類か4種類のいろ
いろな肉、そしてあなたがこれまで食べたことのあるもっとも素晴らしい食事を用意するように全てのも
のを供します。
 
 あなたが船の料金120ドルを彼らに支払うとき、また、全旅行のすべての食事もあなたは支払います。

 もし、あなたに差し迫ったことがないのなら、あなたの次の海外旅行には船で行くことを強く勧めます。
 
 サンデッキに座っていて、船が飛び魚に近づいた時それが飛ぶのを見て、そして時折遠くで鯨が潮を吹
くのを見るのは本当のもてなしです。付け加えれば、カモメが船の後をつけているのを見るだけで状況は
非常に平和で安らかになります。普通毎朝、船にそって殆どが3匹か4匹の群で、沢山のイルカがパレー
ドをしているのを見ることができました。

 ボンベイからセイシェルへの旅は5日半かかり、その殆どが穏やかな日でした。毎晩映画が上映され、
そのあとオーケストラでダンス会がありました。ツイストですら演奏され、それは活気を帯びました。皆、
一日中沢山のいろいろなゲームをしました。私が言えるすべてのことは“船で大洋の旅をしなさい”です。

・ マヘに到着

 VQ9に行く唯一の方法は、ボンベイ、カラチあるいはモンバサのどこかからの船です。 船はおよそ一
月に一回、そして、時折は一月に二回航行します。

 私は、無線通信士にMMを運用することを説得しようとしました、しかし、決して一塁に着くことがで
きませんでした。以前、カンサス市からのアマチュアの友人と私が会った通信士はもう船で働いていない
か、休暇でした。私は、このことを船長とさえも話しました、そして彼は、なぜインド洋の真ん中にいる
船から運用したいのか理解できませんでした。

 私は、これに関して遂にギブアップし、ただ船の他の全ての乗客と同じように行動しました。私はデッ
キチェアーに座って毎日紅茶を2度飲み、食事のベルがなると食堂へは一番でした。私は船の図書館の沢
山の本を読みました、そして毎晩早く寝ました。旅行は楽しく、そして私は非常に穏やかな状態でVQ9
に着きました。

 しかし、もしW4BPD/MMを運用できたらもっと楽しんだであろうと確信しています。私はログの整
理と手紙を書くのとそして設備の確認で多忙でした。私は全てのことが“ゴー”であることを望みました、
私がVQ9に着いたときHarveyとJake(船の持ち主)もまた、出帆の準備がすべて完了していることを
望んでいました。

 五日目の早朝、セイシェル群島の主島マヘ島が遠くに見えました。最初、それは他の近くの小さな島の
幾つかの小さな山のピークとともに、長い山のピークとして海面から現れました。
 
 船が近ずくにつれ山は徐々に普通の島の形に変わりました。少し経って、椰子の木々とそれから海岸で
波が砕けているのが見えました。
 
 Kampala号はかなり大きい船で、いつも長い埠頭の端からおよそ1マイル離れた水道に投錨します。
船が水道に投錨したとき、いつも沢山の島のボートが船にやってきます。幾つかは、マヘで下船する乗客
と、上陸して一寸ショッピングや観光をしたい乗客を拾います。船は、いつも6時間から8時間投錨し、
誰もが上陸してモンバサへの道を続けるために船に戻ってくる時間が十分あります。

064M120506    2006.12.7
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