de W6/7M1STT

26−October −2000

W6/7M1STT@San Francisco です。
10月26〜30日

10月26日、午後の授業が終わるとすぐにSFO空港にむかう。
5時の飛行機でアリゾナ州フェニックスに行く予定だったのですが、不運にも午後のPhoenix便は全便欠航になっており仕方無しに満席であると言われたにもかかわらず一か八か20時のフライトをキャンセル待ちすることに。

しかし、この20時のフライト、待てど暮らせどゲートが開かない。
ここで日本と違う点はアメリカ人、あまり文句を言わない。飛行機の遅れは当たり前のようである。結局23時15分にゲートが開くがゲートが開いても一向にキャンセル待ちの名前が呼ばれない。もう乗客は全員乗ってしまった。

あ、ゲートが閉まった…6時間以上待った俺達って一体…スケジュールでは10時の便が最終。疲れ切って帰ろうとしたが腹の虫が収まらず、とりあえずカウンターの兄ちゃんに駄目元で「もうヒコーキ無いよね」と訊ねるとまさかの答え。「10時の便が機長を待ってるからね。まだあそこにいるよ。」
何と言う国であろうか。某アジアのT湾よりもいいかげんである。そんなこんなで5時の飛行機に間に合わないと超急ぎでSFOに来た我々は翌日0時15分無事フェニックスに出発したのでした。

今回の旅行は〜グランドキャニオン国立公園〜に向かうのが目的だったのですが、友人は皆「グランドキャニオンは1日で充分」だと言うので、突如浮かんだ考えで「ラスベガス」に行く事にしました。単にラスベガスと言いますが、PhoenixからLasVegasまでは500マイルくらいはあります。往復で1000マイル(1600キロ)のドライブ、おまけに運転手は俺一人。ですが、このチャンスを逃すと次はいつになるかわからないので決行を決意しました。

アリゾナ州はカウボーイが駆け回っている「荒れ地」がほとんどです。
景色も極めて面白くありません。地平線の先までまっすぐハイウェイが続いていて見えるのは同じよーな「サボテン」君だけです。フェニックスからハイウェイ17号でFlagstaffまで北上、インターステート
(越州道路)40号を西行しアリゾナ−ネバダ州境を越えるとラスベガスです。途中40号で大雪に降られ、チェーンも無いレンタカーでは不安でした。朝9時にPhoenixを出発し夕方7時過ぎ、無事ラスベガスに到着しました。85マイル(140キロ)でひた走ってこの時間ですから広さが違います。

インターステート40号 西海岸から東海岸までの大陸横断道路です。



ラスベガスはまるで夢の世界。何から何までピカピカ光っています。
マクドナルドもセブンイレブンも全部発光しています。「究極の電力無駄遣い都市」です。どこもかしこも24時間営業、アメリカでは24時間営業は珍しいんです。
カジノも楽しかったです。一回のブラックジャックに多分1000ドル以上は掛かっているだろうと思われるような勝負は見ているだけで楽しいです。決して自分がやりたいとは思いませんが…世の中違う世界で暮らしている人がいるものですね。








ラスベガスハードロックホテル






サーカスサーカスホテル

翌日28日は本来の目的地グランドキャニオン峡に向けてまた元来た道を戻りました。この日はグランドキャニオン入り口の田舎村ウイリアムズに宿をとりました。既に体はくたくたです。モーテルに温泉が付いていたので入りたかったのですが、こちらの温泉は水着着用なので用意が無く、それでも諦め切れなかった私は、村の洋品店で水着を買おうとするも男性用は「Sold Out」。結局入れずに部屋のシャワーで我慢しました。レンタカーでモーテル巡りをする方は水着を忘れずに…

翌日、やっと目的地グランドキャニオンに到着、しかし、本当に2時間くらいで見終わってしまいました。ほとんど「通過」という表現が相応しい場所でした。「世界的観光地グランドキャニオンって一体…」更に天気が良くなかったのであの絵葉書で見るような岩のグラデュエーションが余りハッキリ見えませんでした。







グランドキャニオン
グランドキャニオン
アリゾナ特産、街路サボテン

1600キロ故障せずに走ってくれたフォード


フライトは翌日だったので29日夜はフェニックスに宿泊しました。同行の連れは一足先にSFに戻ったのでフェニックスの宿で一人2000年、23才の誕生日を迎えました。0時になった途端、国際電話をかけてくれた人がいるのですが、4日間充電していなかった携帯電話は着信音が一瞬鳴った途端電池が切れました。ああ、なんて寂しい…

こんなわけで30日、フェニックスからSFOに帰りました。飛行機は飛んだかって?
ちゃんと「4時間」遅れました。
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