電離層伝搬
電離層の種類
地球大気中の分子や原子は太陽から放射される紫外線やX線などによって電離され、遊離した電子の密度が高くなっている領域がある。 これを電離層と呼び、D、E、Fの各層が形成される。 これらは太陽活動、季節、時刻、場所などによって複雑に変化する。 その一例を図7に示す。
D層は高度50〜90kmに発生し、その電子密度は日中太陽高度とともに増加するが、夜間は消滅する。 E層は高度約90〜120kmに発生し、その中の高度100〜110kmには厚さ約1kmのスポラディックE層が中緯度地方で夏季によく発生する。 F層は高度約160km以上に発生し、冬以外の昼のみ高度200km付近にF1層、それ以上にF2層ができ、冬およびその他の季節の夜は1層のみとなる。
図7 電離層の電子密度分布
電離層中の伝搬
電離層の屈折率は
で与えられる。 ここでN は電子密度、 eおよびmは電子の電荷および質量、ωは各周波数、は真空の誘電率である。 電離層は上空ほど電子密度が増すので屈折率が小さくなり、ある高さですなわち
となる垂直入射時の最高反射周波数が決まる。 この周波数を臨界周波数という。 臨界周波数より高い周波数の電波は垂直に入射すれば電離層を突き抜けるが、入射角で斜めに入射すればの周波数まで反射される。 いま図8のようにある臨界角度以下では電離層を突き抜けるが以上の電波は電離層で反射され地上に戻ってくる。 したがって送信点からある距離内は電波が到来しない範囲が存在し、これを跳躍距離という。 跳躍距離内でも送信点に近いところは直接波が到達するので通信可能であるが、直接波が到達しない範囲においては不感地帯が存在する。
実例としては、夏季に21MHz帯で東京から電波を発射すると北海道や九州地方と通信が可能である。 しかしながら東京から比較的近い距離にある静岡県や愛知県などとは21MHz帯を使用して通信を行うことができない。図8 跳躍距離
周波数帯による電離層伝搬
- VLF、LF帯の伝搬
これらの周波数帯の電波は、D層を通り抜け、E層下部で反射されて電離層と大地の間を何度も反射しながら比較的安定に遠距離まで到達する。 従って電波航法システムや標準電波システムとして利用されている。
- MF帯の伝搬
この周波数帯は中波AMラジオ放送用に用いられている。 主にE層で反射されるが、昼間はD層でほとんど吸収されて電離層反射は起こらない。 夜間はD層が消滅し、E層で反射され数1,000km程度まで伝搬することがある。 MF帯の高い周波数の電波はE層の臨界周波数以上となってE層を突き抜けてF層で反射されるようになる。 昼間地上波により安定して受信できる地点でも、夜間は電離層反射が強くなり地上波と合成されフェージングを生じることがある。
- HF帯の伝搬
この周波数帯の電波はD、E層を突き抜けF層で反射される。 F層で反射される電波は発射角度により跳躍距離を生じ、非常に遠距離まで伝搬する。 F層の電子密度分布により使用可能最高周波数、および最低周波数が定まる。 昼間と夜間では使用可能周波数が異なり、また夏季と冬季および約11年周期の太陽活動によっても電波状況(使用可能周波数)が大きく異なる特性を持つ。
- VHF帯以上の伝搬
VHF帯び以上の電波は基本的に電離層を突き抜けるが、VHF帯の電波はスポラディックE層による反射が起こり見通し外距離への伝搬が発生することがある。 なお1GHz以上のマイクロ波ではほとんど影響がないが、ファラデー効果による偏波面の回転が2GHz付近まで生じる。
電離層伝搬におけるフェージング
電離層伝搬におけるフェージングは次のように分類される。
干渉性フェージング
電離層中を異なる経路で通過してきた多重波は、受信点において位相が異なり干渉を起こしフェージングとなる。
偏波性フェージング
水平または垂直偏波は一度電離層を通過すると楕円偏波となり、刻々変動する電離層によって楕円偏波の軸も変動する。 このため、水平、垂直いずれのアンテナで受信しても到来波の偏波面の変化が受信電界強度の変動となる。
跳躍性フェージング
電波が電離層を突き抜けたり、反射したりするために起こる強度変動で跳躍距離近傍において生じる。
吸収性フェージング
電波が電離層を通過するときに受ける吸収の時間的変動によるフェージングで、周期は比較的長い。
MUF/LUF/FOT
短波帯の通信は、普通電離層伝搬を前提として行われている。 しかし電離層によって反射される周波数には限界があり、一定の距離においける通信に使用できる周波数には上限がある。 この上限となる周波数を最高使用可能周波数(Maximum Usable Frequency:MUF)という。
また電波が電離層を通過するときには、電離層中の電子の衝突により電波はそのエネルギーを奪われ減衰する。 この減衰は電波の波長が長いほど大きいので、送信の条件が同じである場合、受信点に到達する電波の強度は周波数が低いものほど弱い。 したがって、減衰の強い昼間などには短波通信にしようできる周波数の下限がある。 この下限となる周波数を最低使用可能周波数(Lowest Usable Frequency:LUF)という。
郵政省通信総合研究所(CRL)が出している電波予報にはMUFの値は、1ヶ月の中央値を与えており、毎日の値はこの値から上下に多少偏移している。 E層の場合はその偏差の度合いが少ないが、F層の場合には相当差がある。 したがって通信の信頼度を高めるためにMUFより多少低い周波数を実際の使用周波数の上限としておくことが望ましい。 F層の場合には、MUFの85%の値を最適運用周波数(Frequency of Optimum Traffic:FOT)と呼んでいる。 FOTを用いることによって電離層擾乱時を除いた全時間の90%は大体有効な通信ができるとされている。 E層伝搬の場合にはMUFをそのままFOTとしている。では具体的なMUFの決定方法について一例を示そう。
周波数の電波が入射角で図9左側のように真の高さ、見かけの高さ で反射されたとする。
図9 電離層反射
一方、図9右側に示すように、同じ、 で反射するような垂直入射波の周波数をとすると
の関係がある。 ここで、斜め入射の送受信点間の距離を D とすると
であるから
となる。 この式においてDを特定な値に決めておき、をパラメータとしてととの関係を描いてみると図10のような伝送曲線が得られる。
図10 電離層観測による h'-f 曲線
伝送曲線はととを任意に変化させて描くから、特定の電離層の状態を意味しない。 実際のととの関係は観測によって求めなければならない。(実際にはCRLによりデータが提供されている) 観測結果に基づいてこれを曲線としたものが-曲線である。 しかし-曲線だけでは該当するがわからないので、図10のように両曲線を重ねあわせるととととの関係が一義的に示されることになる。
すなわち、 -曲線上でもttも大きいの値(-曲線に接する伝送曲線のの値)がその条件下におけるMUFとなる。